あいうえお経済
白山陶器は生活機能原点の器

白山陶器と森 正洋

グッドデザイン賞は通商産業省によって1957年に創立された「グッドデザイン商品選定制度」(通称Gマーク制度)を母体とする我が国唯一の総合的デザイン評価・推奨制度です。毎年「デザインが優れたものごと」を選び、生活者や産業などに働きかけ、社会全体をより豊かな方向へと誘導していこうとする活動です。

白山陶器は「グッドデザイン賞」を客観的なデザイン評価の指標と認識し商品デザイン部門に40年以上にわたり応募を続けています。白山陶器では、森 正洋の手掛けた商品は当然のこと、後進のデザイナーたちによる商品の評価も高まり今後の白山陶器から、どんな暮らしにやさしいデザインの器たちが生まれてくるか楽しみとなっています。

G型しょうゆさしは1961年グッドデサイン賞受賞、日本を代表するプロダクトデザイナー森 正洋の代表的な作品ですが知らない人はまずいないでしょう。どこかで必ず一度は目にしたことがある一品です。森 正洋が白山陶器に入社2年後に発表していたという作品です。

森 正洋がしょうゆさしに着目したのは、他の製作所と同じく茶碗を中心に生産していたわけですが、小さな商品は窯の隙間に入れることができるので、生産効率が良くなると考えたからだそうです。

森 正洋は独自の発想や技術を使い白山陶器G型しょうゆさし以外にも量産向けの作品を数多く残していますがさらに商品化するための釉薬や絵の具の開発、技術開発、生産現場の工場環境の整備にも尽力し、白山陶器を築き上げてきました。

森 正洋は1956年に白山陶器に入社して社員デザイナーとして約20年間過ごし、2005年11月に亡くなるまで白山陶器の顧問デザイナーとして活躍していました。

波佐見焼は酒・醤油の輸出容器だった

白山陶器の原点である波佐見焼の誕生は慶長3年(1598)、文禄・慶長の役に参加した大村藩主・大村喜前が朝鮮の陶工・李祐慶兄弟たちを連れ帰った400年ほど前にさかのぼります。

彼らは波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に階段状連房式登窯を築き、やきものづくりを始め、これが波佐見焼のはじめと伝えられています。当初施釉陶器をつくっていましたがその後、磁器の原料が発見されてから染付と青磁を中心に移行し、後に大村藩の特産品となり江戸後期には日本一の磁器生産量を誇っていました。

 

当時の代表的な波佐見焼は白磁のどっしりした「コンプラ瓶」と少し粗い白磁に呉須(藍色)で簡単な模様を描いた「くらわんか碗」といわれるものです。コンプラ瓶はオランダ語でJAPANSCHZOYA(日本の醤油)、JAPANSCHZAKY(日本の酒)と書かれた2種類があり、長崎出島からオランダ・インドネシアなどに輸出されていました。

コンプラ瓶には、いろいろなロマンが語られています。たとえば、ジャガタラお春の調度品に含まれていたり、フランスの皇帝ルイ14世が愛用していたとか、ロシアの文豪・トルストイが自宅の書斎の一輪差しにしていたなど、コンプラ瓶は波佐見と海外を結ぶ大きな架け橋であったのは、長崎出島のロマンとともに、現在も尚、語り継がれています。

くらわんか碗は大量生産により、それまで庶民の手に届かなかった磁器碗を多くの庶民に普及させ、日本の器・食文化の発展に大きな影響を与えたと言われます。

波佐見焼の毎日の暮らしの中で使える、手頃でしかも良質な食器を供給するという姿勢は、400年たった現在まで変わることなく波佐見焼の心といわれますが白山陶器に通じる物を感じます。

今日では、日用食器の全国シェアー12%を波佐見焼が占めています。中にはグッドデザイン賞を受けている製品もあり、産地をあげて質の高い製品づくりを目指しています。

透けるような白磁の美しさ、呉須で絵付された染付の繊細で深い味わいの波佐見焼は、現代の暮らしと食文化に調和した様々なニーズに答え一般家庭用食器から伝統的で華麗な工芸品、モダンなデザインのギフト用品まで幅広く生産されています。